- 日本会計教育学会会長
松本敏史
日本会計教育学会が設立されて9年の歳月が流れました。その設立にあたり多大な貢献をされた藤永弘初代会長、その後6年にわたって学会の基礎固めと規模の拡大に尽力された柴健次前会長の後任として、このたび会長の任をお受けいたしました松本敏史と申します。役員、理事、事務局をはじめ、会員の皆様のお力添えをいただきながら、本会の発展に微力ながら努めて参りたいと思っております。どうかよろしくお願いいたします。
会則の第2条は次のように述べています。「本会は会計教育の開発・改善・充実を目的とし、会計教育の研究・普及・提言を行うと共に、会計教育に携わる者の交流を図ることとする」。ご承知のように、日本には「会計」を研究対象とする学会が分野ごとに存在しています。しかし「会計教育」を直接の研究対象としている学会は他にありません。当然のことながら、本会は会計教育に関心をもち、その重要性と改善・充実の必要性を強く認識している人々によって構成されています。
教育というとき、その有り様は①教育担当者、②教育対象者、③教育内容の組み合わせによって決まります。日本の伝統的な会計教育は、①商業高校、商学部・経営学部などの商業系教育機関に所属する教師が、②当該学生・生徒に、③簿記に始まる種々の会計科目を教授するというものでした。その際、教育効果に大きな影響を与えるのが④授業方法ですが、教育よりも研究を優先してきた日本の大学で、授業方法の改善が真剣に議論され始めたのはそれほど遠い昔のことではありません。この授業方法の研究こそ当会の主要な研究テーマの1つであり、事実、学会の設立以降、研究報告の多くが現行の授業方法の評価と改善方法の模索、新たな授業スタイルの開発に向けられてきました。この領域の研究は今後も盛んに行われるはずです。
その一方で、IT(AI)の発達は従来の会計教育の枠組みに大きな修正を求めようとしています。会計教育には会計情報(帳簿や財務諸表など)の作成者である企業の経理担当者、税理士、会計士などの育成を目的としたものと、会計情報の利用者であるビジネスマン、ファンドマネージャー、アナリストなどの育成を目的としたものに分けることができます。これまでわが国の会計教育は前者に重点を置いてきました。しかし現在、帳簿や財務諸表の作成作業の多くをコンピュータが代替しています。今後、この動きが加速すれば、巷間言われているように、これまで商業高校や商学部・経営学部等で養成してきた記帳係(Bookkeeper)に対する社会的ニーズが消滅していくものと思われます。ただしその場合においても会計情報そのものに対する社会的ニーズが消滅するわけではありません。これまで記帳係が果たしてきた機能は、今後、一部の会計専門家と理系を中心とした会計ソフトの作成者(SE)によって担われていくものと予想されます。であればそこで必要とされる会計知識は何か、そのニーズに応える会計教育システムの構築が1つの論点になるはずです。
一方、会計情報の利用の観点からすると、記帳係へのニーズは消滅しても、会計知識そのものが不要になるわけではありません。ビジネス社会で活動するためには、共通言語である会計用語を理解し、財務諸表を読み解く能力が必要です。この点を重視すれば、商業系教育機関における今後の会計教育は、会計情報の作成よりも会計情報の利用を強く意識したものに移行していくものと思われます。なお、この点について付言すると、学生の多くは出身学部に関係なく企業に就職していきます。この事実を重視するとき、ビジネスの共通言語である簿記・会計を教養科目とし、文学部や工学部の学生諸君が会計の授業を受けられるようにすることも本会の目標の1つになるはずです。
さらに、IT(AI)の発達により、従来の教育内容について改革を求める動きが見えてきました。具体的にはITスキルと統計解析能力によって大量のデータから意味のある情報を抽出し、経営や会計の知識に基づいて戦略の立案をサポートする、いわゆるデータサイエンティスト(のような能力をもった人々)に対する需要です。この需要が一過性のものでなければ、従来の財務諸表分析等の授業に対して大きな見直しが求められることになるでしょう。
我々はテクノロジーの進化やビジネスの構造変化を止めることはできません。それによって必要とされる会計教育の内容や対象も変化していきます。会計専門家であり会計教育者である我々にはその社会的要請に応える義務があるのではないでしょうか。
日本会計教育学会は、会計教育の現状を分析し、その改善・充実の方法を探るとともに、新たな教育方法を開発するためのプラットフォームを提供します。情報を共有し、議論に参加し、それを通じて得たアイディアを形にしていく、このような研究活動に関心を持っておられる方々の積極的な参加(入会)を心からお待ち申し上げております。